覚醒のすすめ

誇りと自信を取りもどすために!

日清戦争

今回は日清戦争を理解してみる。

 

日清戦争の事実は以下の通りである。
・1894年(明治27年)に起こった朝鮮での甲午農民戦争制圧に日本と支那(当時は清)が出兵した。
甲午農民戦争終結後も両国の軍隊が朝鮮に駐留し、双方が対立して発生した。
・1894年(明治27年)から1895年(明治28年)にかけて、朝鮮半島北部、支那東部、及び沿海を主戦場とした。
・1895年(明治28年)に、下関で講和条約を締結し、日本は賠償金と領土(台湾、澎湖諸島遼東半島)を獲得した。

 

当時の背景は以下の通りである。
・朝鮮政府は、国内を掌握できず、政情不安定であった。
・反乱(甲午農民戦争)を鎮圧できなかった朝鮮政府が、清に軍事支援を求めて清が出兵した。
・日本は、朝鮮に滞在する日本人の保護と、日本公使館の警備を理由に出兵した。
 (清とは天津条約を締結してあるので違法ではない)
・日本は清に対し朝鮮の独立援助と内政改革を共同でおこなうことを提案した。
・清は「日本の撤兵が条件」として提案を拒否した。


結果的に、この戦争から大陸進出が始まったのは事実である。一部の人は大陸進出の足がかりとするための出兵と言っている。しかし、これも過去から逆算した主張であると思える。

 

出兵の目的は明確である。日本国内の防衛のためである。日本としては、朝鮮政府が自立・安定してもらわないと困るからである。

なぜなら、朝鮮半島が他国に侵略されると、次に狙われるのは日本だから。

(他国というのは、南下政策を進行していたロシア)

 

当時の日本政府は、朝鮮が清の属国状態では、ロシアの支配下になるのは時間の問題と危険視していたと思われる。しかし、当時の日本に朝鮮を支配して防衛するだけの余力はない。朝鮮に自立してもらうのが一番有効な手段であると考え、独立援助と内政改革を提案したと思える。
この方法は、非常に現実的である。

 

くどいようだが、歴史は逆算して理由づけしてはいけない。当時の背景を理解し、事実を積み上げることで理解できる。

 

マスコミや左翼学者のいうことなど信用せず、自分で調べて、自分の頭で結論を出して行こう!