覚醒のすすめ

誇りと自信を取りもどすために!

江華島事件から思ったこと

歴史は逆算して結びつけてはいけない。
江華島事件をみてみると、逆算しているように思えてならないからだ。

 

江華島事件は、「朝鮮に対して挑発行為をしたから武力衝突が起こった」など諸説がある。

例によって事実をみてみたい。

 

事実は以下の通りである。
・1875年(明治8年)に発生した日本と朝鮮の武力衝突である。
・日本の軍艦雲揚が、国旗を揚げて江華島近辺に停泊していた。
・端艇で江華島砲台営門前を通過しようとした時、突然大小砲にて砲撃された。
  ※端艇とはボートのようなもの
・日本側は上陸し砲台を占拠した。
・武器の押収、捕虜の解放、施設の焼却を行い撤退した。

 

端艇が江華島砲台営門前を通過しようとした目的は、上陸して水の補給を依頼するためである。
これについては、当時の電文報告の記録が残っている。

 

また、当時の背景は以下の通りである。
・朝鮮政府は、対馬藩を通じて江戸幕府と交流があった。
明治維新後、明治新政府は朝鮮政府に新政府樹立に関する通知を行なった。
・朝鮮政府は、明治新政府を認めず受取りを拒否した。
・釜山には日本館があり、薪水の提供や朝鮮商人の出入があった。
・1874年(明治7年)に、朝鮮政府は明治新政府からの書簡を受取り明治政府を承認した。
 日本国旗についても承認済み。
・1875年(明治8年)に、朝鮮政府は前年の承認を翻し、日本側の入国を拒否した。


この事件を侵略目的で近づき、挑発行為を行い武力衝突をおこさせたという人がいる。これは、その後の1876年(明治9年)に日本と李氏朝鮮との間で日朝修好条規(江華条約)が締結されたことから逆算しているロジックである。
また、当時征韓論が沸騰していた時期であることから結びつけているとも思われる。しかし、江華島事件発生前に征韓論派は政府から排除されているので、これとの結びつけはおかしい。


私の認識は以下の通りである。
・日本は、朝鮮半島の測量を行なっていた。
・日本は、航海中の軍艦に水の補給を必要とした。
・朝鮮政府は、日本政府に対して破約と絶交を突きつけた上に、自ら武力行使を行なった。

 

以下は、私の個人的見解である。

朝鮮半島の測量は、軍事的防衛のための事前準備と考える。当時の仮想敵国はロシアであり、戦争になったときに、支那(当時は清)・朝鮮が戦場になることを想定していた。

また当時は、まだ明治維新から数年しかたっておらず、国としての整備で手いっぱいの時期である。軍事力・経済力ともに不足しており、自国を守ることで精一杯の状態のはずである。

海外制覇の始まりなどという人がいるが、その後の経緯から逆算した主張であると思える。